第10回作文コンクール入賞作品

中学生・高校生の部
最優秀賞 米山 元章
優秀賞   平出 龍博
佳作    岡室 実佑
       青木 寿太
       徳永 青空


中学・高校生の部 最優秀賞 『家族の大切さ』 大宮本部 米山 元章
僕には家族という大事なそんざいがあります。僕の家族は母が昔に亡くなり、男3人家族です。僕はけっして母がいないからといって、特別あつかいされるのがきらいです。けっして母がいないからといって、くらしに不自由はありません。逆に毎日楽しくくらしています。僕は母がいないだけですが、世界には家族を亡くした人達はたくさんいます。僕にはまだ家族がいるだけで幸せだと思います。
2年前には東日本大震災という大地震でおおぜいの人達が家族を亡くしました。僕はあのニュースを見てテレビに家族を亡くした人達が泣きさけんでいるすがたをみて、家族の大切さにあらためてきづきました。もし僕が東日本大震災の様な大震災にあって、家族が亡くなった時、僕はどうしていいのかわからなくなっていたと思います。
僕はあの東日本大震災ですごくたくさん、大切なことを学校や、空手、ニュースなどで学びました。また次くるといわれている南海トラフ大地震は、近畿地方に来ると言われています。近畿地方なので奈良にも大きな揺れが来ると思います。僕は東日本大震災で学校や空手で学んだことを生かして、もし地震が来たとしてもあわてず連絡がつながらなくても先に、集合場所を決めておいて、地震対策をしたいと思います。
これで自分の家族の大切さの作文を終わります。


中学・高校生の部 優秀賞 『友だちへ』 真美ケ丘支部 平出 龍博
僕にとって、友だちとは家族です。なぜなら、時にはケンカもしたり、はげましあったり、困った時には、いつでもかけつけて相談できる。そういうものだと僕自身思います。
僕は正直中学3年間友だちがいませんでした。でも今はいます。卒業間際になった頃、非常に大人しかったので真面目な子に話しかけ、仲良くなったM君。あまり話した事がなかった同級生Y君。M君が小学校から仲が良かったK君。この3人は同じ学校なんですが、早くて6時、遅くて8時に学校が終わります。つかれているにもかかわらず毎日家に来てくれます。来なかった日はありません。
僕は、中学時代、他人と係わるとろくな事がないと思って生活していました。僕の考えが間違っていたみたいです。僕にとって大切な存在です。今では、あの3人がいない生活は考えられません。でも、後悔したことが一つ。その3人と早くに出会っていれば、僕の中学時代は輝いていたのにと。だから僕は、卒業式一粒の涙も出ませんでした。だから2年後の高校の卒業式では、中学校で出来なかった事をして、たくさんの思い出を作って大泣きできるようにしたいです。


中学・高校生の部 佳作 『私の家族』 大宮本部 岡室 実佑
私の家族は、お母さんと私と弟の3人家族です。他の家族には、お父さんがいるけど私の所にはいません。でも、3人でも楽しいので不満はありません。ただ、友達とかの話で「お父さん」と言う言葉が出てくるとちょっとさみしい気持ちになります。
私の保育園の時の友達は、小さいころにお父さんがいなくなったため、本当のお父さんの顔を知らないそうです。そう思ったら私は、お父さんの顔を覚えているから、良い方なのかな?と思います。その子のお母さんは再婚して、その子には「お父さん」ができました。その話を聞いて私は、「私にもお父さんが欲しいなぁ」と思いました。でももし、私にお父さんができたら、普通に接せるか、「お父さん」と呼べるかなど、不安がたくさんあります。それでもたとえ血がつながっていなくても、私はお父さんが欲しいと思います。それと、お父さん暴力で遠くから逃げて来た子を私は知っています。
世の中にはお母さんがいなかったり、お父さんがいなかったり、お父さんお母さん違いの子がいたり、両親の暴力から逃げて来た子などかわいそうな子がたくさんいます。それでも、本当のお父さんじゃなかったり、本当のお母さんじゃない人も中にはいます。その子達は「血のつながっていない本当の親」じゃないかもしれないけど、仲良くくらしていると思います。私も新しいお父さんができたら、仲良く、ずっと一緒にいたいと思いました。


中学・高校生の部 佳作 『友達へ』 真美ケ丘支部 青木 寿太
そもそも、本当の友達とはどういうものだろうか。一緒に笑い合えて、一緒に悲しみ合えるようなのが「本当」の友達なんだと思っている。そのような友達が、私のまわりにはたくさんいる。
最近、「LINE」や「TWITTER」などのSNSと呼ばれるものの発達のせいで、「本当」の友だち関係が希薄になってきているように感じる。遠くに住んでいる人と繋がることができるという利点もあるが、やはり顔を合わせて話すのが一番だと思う。文字だけだと相手の表情が分からない。だから、何を考えているのかもいまいちよく分からない。こういう、いつでもどこでも誰とでもつながることができる時代であるからこそ、相手と面と向かって話すことを重要視すべきであると思う。
そんな中、私はよく面倒くさい人間だと面と向かって言われる。間違ったことは間違っているという性格が問題だそうだ。そのことに少し悩んだこともあるが、よくよく振り返ってみると本当に嫌いな人間には、そうはハッキリとは言っていない。だから、そのことをひっくるめて仲のいい「本当」の友達なのだと思う。そんな私の欠点をズバズバと言ってくれるような友達をずっと大切にしていきたいと思う。
そんな友達へ。中学校からの友達も、小学校からの友達も、もっと前からの友達にも、本当に感謝したい。君らがいないと、ここまでくることはできなかったし、こんな勉強しかすることのない学校はすぐに辞めていたと思う。それに、君らがいないと毎日が楽しくない。くだらないことを言い合い、つまらないことでケンカをし、しょうもないことで悲しむ。そんな友達を持つことができて本当に嬉しく思う。本当にありがたいと思う。
私はそんな友達と一生仲良くしていきたい。明日も友達とくだらないことをしていると思うが、そんな友達に面と向かって「ありがとう」と伝えたい。


中学・高校生の部 佳作 『家族』 大宮本部 徳永 青空
私が小学二年生の時、大好きだったおじいちゃんが亡くなりました。おじいちゃんの最期は、涙を流しながら笑っていました。とても幸せそうな顔だったのを今でも覚えています。
亡くなる寸前におばちゃんやお母さん達は涙を流しながら笑って「ありがとう。」という言葉を何回も何回も言っていました。私も笑ってお別れしようと思ったけれど、涙が出すぎて笑えませんでした。今思うと、おじいちゃんはきっと幸せだったんだと思います。
おじいちゃんが天国に行っても、いつまでも私のおじいちゃんである事は変わらないです。お母さんのお父さんである事も、おばあちゃんの最愛の人である事も同じです。
私も将来、自分の家族ができて、お母さんになって年をとって、亡くなる時、おじいちゃんのように笑って一生をおえられるように「ありがとう。」と心から言ってもらえるような人になりたいです。
「家族」とは、切っても切れない絆で結ばれている深いつながりなんだと思います。いつも、喧嘩するお兄ちゃんも私が悩んでいる時は話を聞いてくれたり、どんな時でも味方でいてくれるお母さんの存在こそが家族の絆なんだと思います。
あたり前のようにいつも一緒に過ごしていますが、改めて考えてみるとか家族っていいなと思いました。
だから、これからも家族を大切にして行きたいと思います。